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「出向?・・・いいじゃないか、やってやろうじゃないか ! 」・・・と思える話

私は、2001年8月52歳で今の会社に出向してきた。▲苦しくはあったが、前の会社では決して体験できなかっただろう、いくつもの貴重な体験をさせて貰ったた。そして、それは、私にとって、非常にやりがいのあるものであった。

今、出向を言い渡された人は、逃げることなく、進んで、この辞令を受けて欲しい。そして、成功を成し遂げて欲しい。▲そのために、出向を申し渡された時の気持ちの整理の仕方について申し上げたい。

 

どん尻社員では出向できない・・と思え。

出向にはいくつかのパターンがある。

中には積極的な出向もあるが、その多くは、過剰人員の解消のために片道切符で外に出されるパターンである。このため、出向には常にネガティブなイメージがついて回る。▲だから、出向を申し渡された時は『なんで・・自分が ! 』と、落ち込むものである。

 でも、そんなに卑下することでもない。ましてや、20代や30代で出向する人は、まず、片道切符ではないはずである。▲自社に不足する技術やノウハウの習得を目的にした出向や、関係先を強化させるために支援を目的に出向するなどの前向きな出向が多いはずである。これは、同期の中でもトップクラスの社員が選ばれる。落ち込むどころか、胸をはって受け取ることができる辞令なのである。

 

ならば、40代・50代の片道出向の場合はどうか・・・。▲同期の中で役員になれる者は一握りの人間である。場合によっては、その前後の年に優秀な人材が複数いれば、役員登用が出ないことだってある。同期生100人いたら、1人出るかどうかである。▲だから、出向に選ばれた貴方は、同期の中で2番手かもしれないのである。間違いなく言えることは「どん尻社員では出向の引き受け先がない」・・・と言うことである。▲そう、出向を言い渡された貴方は、結構優秀な社員なのである。

 

どんな人間にも、自分に合った器の大きさがある・・と思え。

40代・50代で出向の辞令をもらう方は、入社歴30年近いベテラン社員である。この30年の間に会社も大きくなり、入社当時とは仕事の進め方もずいぶん違ってきているはずである。▲もし、貴方が『最近の会社は議論が多すぎて動きが鈍くなり、自分には合わなくなってきた・・・』『入社当時は思い切り良く動くことができたが、どうも今は・・・』などと感じることがありましたら、▲それは、会社組織と自分の器の大きさにギャップが生まれてきた証拠です。

人には、自分に合った器の大きさと言うものがあります。▲大会社では力が発揮できない方でも、ちょっと規模を変えただけで素晴らしい能力を発揮することがあります。

今、貴方は、自分に合った器を選択できるタイミングの中に居るのです。▲どうせ、定年まで残り少ないなら、思い切って、ラストスパートできるフィールドに移るべきです。

 

今までをリセットできることをラッキー・・・と思え。

 会社には潮目と言うものがある。

大きく成長する飛躍期もあれば、次に備えるための足腰を鍛える充電(停滞)期もある。これらを繰り返しながら会社は大きくなっていくのである。▲その周期は10~15年ぐらいでやってくる。30年近く勤務していると、1度や2度経験しているものである。

厄介なのは、この潮目が変わった時、求められる人材が変わることである。▲飛躍期には「戦う勇ましい者が重宝され」、充電期には「堅実な者が重宝される」。▲そう、財務マンが、「借りる人」と「返す人」が入れ替わる・・あの現象と同じである。そして、この潮目が変わる時に出向の話は多くなるのである。

私と同じ出向した仲間には、ちょっと前までは、先頭に立ってガンガン活躍していた人が多くいた。あまりの活躍ぶりにやっかむ人も多かった。それが潮目が変わった途端に「やっかみ扱い」される。今までの成長は我々が築いてきたのにである。非合理極まりない扱いである。でも、会社にはよくあることで嘆いても仕方ないのである。

この我々にこびりついている過去のイメージが、一瞬にリセットされるのが出向である。▲我々には成長期を支えた実績もあるし、充電期の堅実さもいやと言うほど身に染みて感じさせてもらった。どちらも対応できる能力を備えているのである。だから、邪魔な過去のイメージが払しょくされることは、ラッキーなことである。進んでスタートラインに立とうではないか。

 

出向は特別なことではない・・・と思え。

 日本の雇用方式も随分変わってきた。

終身雇用や年功序列はもう過去のものとなった。グローバルで戦っていれば当然そうなってくる。会社を機動力ある強い会社にするためには避けられないことである。そう、自然な流れなのである。▲我々はそれを理解しなければならない。

私たちもそう教育されてきた。

それは、こんな風にである・・・『終身雇用を改め、雇用は会社と従業員の相互選択にする 。出向や転籍も当然あり得る』・・・『終身雇用の壁が取り払われるいじょう、賃金は当社特有なレベルではなく、世間相場に均されていくことを自覚して欲しい』・・・『人事評価も、社内だけではなく、外部評価も含めた360度評価に改めていく』

まさに、終身雇用の撤廃宣言であった。同時に、自社内の評価だけでは生き残れないことを促すものであった。それは、他社でも通用する人材を目指せと言うことに他ならなかった。もう、ここまで来ると、出向なんて特別なことでもなんでもないものに変わっていた。

日常茶飯事のことに、そう、悩むことではないのである。

 

最後に

上に書いたことは、実は、出向を終えた、今だからこそ、分かったことである。当時はこんな風には考えられなかった。目いっぱい悩みに悩んだ。今、思えば無駄な悩みであった。だからこそ、これから出向する人、するだろう人に、先輩として伝えたい。

「出向は、飛躍するために設けられたスタートラインである。」

「これから成功するかどうかは、燃えることができるかどうかである。」