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セルフビルド「苦節3年半物語」

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 あと3日。▲1月31日まで「私の山荘ライフ」の投稿を続けていきたい。▲それは、「こんなにもアートフルな山里ライフ」の連続トークイベントの前に、僕自身が、「自分の山荘ライフ」を振り返って置きたいためである。

今日は、3棟目をセルフビルドした時のことを思い出している。▲「フィンランド製のログ」・「2✖4の⒋5畳の小屋」、そして「今回の3棟目のセルフビルド」へと思いが進んだ。▲当時、僕はサラリーマンであった。それも事務屋で、今まで、モノづくりなど全くしたことがない非力な人間であった。▲でも、性格は、よく「粘着質」だと言われた。▲その性格をうまく利用して、土・日はセルフビルドに明け暮れた。▲完成まで実に3年半かかった。▲それは苦労の連続であった。▲今、その戦いぶりが蘇えってきた。

 (1) 険しい山道を、2トンロングトラックで、下向きハンドルを起用に操りながら、木材を運んだ。そんな自分に「わしも結構ワイルドじゃん ! 」と惚れ直した時のこと。

(2) 雪と雨が巨大な氷の塊となり建築途上の壁が押しつぶされそうになったこと。

(3) 重い梁 ( 9㎝✖7㎝6m )が持ち上げられず、自分の非力と、一人作業を嘆いたこと。

(4) 屋根張で自分の降口までふさいでしまい、誰も助けてくれない山奥での作業を悔いたこと。

(5) 強度不足と息子 ( 一級建築士 ) に指摘され、床下にもぐり、身の危険を感じながらも、4本の束柱を追加したこと。

今思えば、つらいことばかりであったが、同時に、楽しい時間でもあった。▲私のセルフビルドを掲載してくれた雑誌「ドゥーパ ! 」の編集長の脇坂さんは、そんな私の行動を「熟年サラリーマンが挑んだDIY、そこには上質な時間があった」と結んでくれた。