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いやだと思うような仕事は、早くなくしてしまえ。

第2章 戦いに向けて体制を整える。/ 4.付加価値の高い仕事に集中させる。_これは、財務改革のために戦い続けた「経理の知られざる戦い」の記録である。_

 ~~~前日からの続き~~~

(自ら敢行して手本を示せ)

そんな状況を横目で見ながら、私は次のことをたて続けに敢行した。

「手形レス」、「キャシュレス」、「伝票レス」、「連結業務のアウトソーシング」。

今では当たりまえのものばかりであるが、当時はそうとう斬新なものであった。

特に、手形レスについては、お得意様の大手自動車会社でも、まだ実施していないところがあったくらいでした。自動車部品会社の方が先に仕掛けたのですから、さぞかし、得意先も焦ったことだろうと思います。そう思うと愉快でもあった。こんな物語がどの改善事例にもあった。ここでは、前述の「手形レス」についての爽快な物語を紹介させていただきます。

 

今日は、取引先への支払日の前日、女子社員が私の前に、山積みになった手形の束を運んできた。これに社印を押せというのである。しかも、『印景は会社の顔だから、霞んだり、ぶれたりしてはいけない。社印全体に力を入れて、ぐる~と回せ』と言うのである。「さすが歴史のある会社は思入れがちがうなぁ~」と、感心したが、手形の数は優に500枚を超す。押印だけで1日かかる。終われば手に痣ができる。「こんな仕事いやだ」これが改革への始りだった。

聞けば、こんないやな思いをしている人は私だけではなかった。なんと用意された手形は、取引先に取りに来てもらうと言う。全国5つの工場で「手形の手渡し儀式」なるものが厳かに執り行われるのだ。それも、延々と一日中続くのである。取引先にしてみれば、時間はかかるし、手形と引き換えにまた厳しい要求を聞かなければならない。きっと私以上に「何とかしてよ」と思っていたに違いない。

すぐに、手形の廃止に取りかかった。誰でも考えるのは「銀行振り込み」への切り換えである。ところが、これがなかなか難しいのである。なぜならば、支払日(手形を渡す日)と、決済日(実際に資金の授受がされる日)が一致していないところにある。手形にはこれをうまく調整できる機能がある。つまり、決済日はまだであっても、受領した手形を銀行で割引たり、裏書をして他の支払いに充当できるなど、資金化が可能であったのである。銀行振込ではこれができない。この機能は取引先の資金調達を可能にさせる上で外してはならない機能である。外せば、「下請法(※)」にも抵触することになる。

そこで考えたのが、銀行とタイアップして開発した「一括信託方式(※)」であった。

これであれば、手形の持っている機能は全て維持できるし、割引利率は従来よりも随分引き下げられることになる。

私は、このスキームを取引先に胸を張って説明をした。

まだ、大手の自動車メーカーでも実施されていない斬新なスキームであったので、その反響は大変大きく、いろいろと驚かされた。

まず、最初の驚きは「説明会への出席者数」。なんと全国から集まったのである。事前の段取りは調達部がしきってくれていたので、いつもと同じ出席者を想定していたのだろう。ところが、当日になったら、この想定数をはるかに超えてしまったのである。

本社前の駐車場はあっと言う間に満杯となった。これでも間に合わず、急遽、社員駐車場の空きスペースまで誘引する羽目になった。しかも、その誘導は調達部員だけでは対応できなくなり、総務部門まで借り出される羽目になった。本社事務所前はさながら戦場のごときに化した。そういう意味では本書の「経理の知られざる戦い」に相応しい情景でもあった。

次に驚いたのは、「取引先の賛同の大きさ」であった。このスキームは、取引先が「信託財産に同意」してくれて初めて実現できるものであったが、私には充分に勝算があった。それに、本日の驚くべき参加者の多さに気を良くしたこともあり大見得を切ることになった。『このスキームは検討に検討を重ね立派なものに仕上がった。是非、本日出席の全員の方が参加して欲しい。もし、参加率が90%を切るようなことがあれば、このスキームは失敗だったと思い、この提案は取り下げます』・・・と、言い切ってしまった。結果はそれ以上の参加率であり、私の首もつながりほっと胸を撫ぜ降ろした。

驚きはまだ続いた。

『最大手の取引先に、価格交渉にいくのですが、相手先から大石さんを連れてきて欲しいと言われたので、同行してもらえませんか』と、調達部長から緊急の申し出があった。 

意図は分からなかったが「私でお役が立つのであれば」と思い、訳も分からず承諾し同行することになった。相手先につくと、すぐに、会議室に通された。なんと経営トップの方々が勢ぞろいで出向かえてくれたのだ。そのビップ扱いに恐縮した。が、仕事の方は散々だった。百戦練磨の交渉術にたけた相手先の前では、うかつなことは言えない。それに、私はまだこの会社に来たばかりの新米社員であり、具体的な話は何も理解できていなかった。終止、笑顔で合図地を交わすぐらいだった。

あの時の相手先の意図はいったい何んだったのだろう。それは、今でも分からないが、「手形廃止」の一件で、私が見せた「相手先のことも考えた上での合理化」のスタンスが心を開かせたことには間違いないと思った。

 

(言葉の注釈)

  • 一括信託方式とは、取引先が当社あてに持っている債権を、銀行に信託財産として寄託してもらう方式のことである。債権という形のないものを、銀行で財産として認めてもらうことで、その財産を、他人にへの譲渡や、期日前換金を可能にさせる方式のことである。
  • 期日前換金の利率が下がる理由は、当社の信用力が取引先より高いことに起因している。そのことで、取引先も大手企業並みの「プライムレート」が適用できるようになったのである。