偶発債務なんてものは、はなから不透明なものさ !・・・そう思って買収しなきぁー。

鴻海とシャープの「偶発債務問題」に思う。

 

鴻海精密工業によるシャープ買収の本契約が遅れた要因の「偶発債務」とは、一体、何なのか? ▲こんなマニュアックの話は会計に携わっているもの以外には、めったに、話題に乗らない。折角だから財務マンとして、意見を述べさせて貰うことにした。

 この「偶発債務」の鴻海側への情報提供のタイミングについて、いろいろと意見が出ている。そのほとんどが、鴻海側のM&Aの甘さに集中している。その中で、テレビ大阪だけがシャープ側の落ち度を指摘している。どちらが、正しい見方なのかについては分からないが、私は、会計に携わる現場の立場から、偶発債務処理の難しさを論じたい。

 

 その前に、「偶発債務」とは何かについて触れて置きたい。それは「現時点では発生していないが、将来的に一定の条件が満たされた場合に、発生する可能性がある債務」と定義されている。そして、金額が合理的に見積もることができるものは貸借対照表上に「引当金」として計上し、金額が見積もれないものは「注記」として記載することが求められている。・・・こんなこといっても、まず、一般の人は分からない。 ▲それだけではない。税理士や、中小企業の会計担当者、それに、上場会社に勤めていた者でも10年前にリタイヤしたOB経理マンは、たぶん分からない。試しに聞いてみるのも面白い。 なぜそうかと言うと、日本の会計基準は2000年からの「会計ビックバン」で、その内容が大きく変わったからだ。それを機に、会計と税務の隔たりはより大きくなった。だから税理士は分からない。税理士としかお付き合いしない中小企業の会計担当者も当然分からない。 ▲それに、昔の会計基準は「実現主義」だったから、先のことや、予測については会計では関りを持たなかった。それが、将来予測も含めた会計に変わったのだから、頭の固くなった昔の経理マンには理解できないのである。

 

 ちょっと話がずれてしまったが、偶発債務とは、「今は債務ではないが、将来は、債務になる可能性があるもと」言うことになる。 だけど、これだけビジネスが複雑になった現在では、こんなことは限りなく存在していると思う。 だから、「どこまで書くのか」の判断が大変難しいのである。

 

そこで、当該のシャープの公開情報を確認してみた。

  1. 債務保証124億円 
  2. ソーラーパネルの原料買い予約残高387億円 
  3. 電気料金の長期契約439億円 
  4. 欧州、米国での訴訟 (金額は見積もりできない)

これ以外に、金額が見積もれる偶発債務は、注記ではなく、貸借対照表に引当金として計上されているものもがある。 それは、「製品保証引当金」「訴訟損失引当金」「事業構造改革引当金」「買付契約評価性引当金」など計上されていた。 ▲正直、「こんな大会社でこんなもん?」と、思ったが、パナソニックも同じようなもんだった。 少ない気がするが、天下の大監査法人がお墨付きをしているのだから、まー、そうなんでしょう。

 

 実は、この「偶発債務」を、経理が把握することは至極難しいことなのである。なぜかって言うと、経理は、昔から、金の動きで取引を認識してきた。 なのに、今では、金が動かなくても会計の対象にしろと言うのだから、さー、大変と言うことになった。仕方ないから、金が動かない新種の取引や契約が発生したら、その内容を聞きまくるしかない。ところが、関係部門はそう簡単に教えてくれない。だって、やばいものは、出来るだけ秘密裡に実行するのが人の常であるから。そこで、私は、監査部門を使って、そのことを拾い出そうとした。

 これが、また、難しい。今のJSOX ( 日本版-内部統制 ) 法は、経理部門の不正処理ばかりを気にする。だから、監査部門は経理部の周りをウロウロする。そんなじゃなくて、本来は、経理部以外のところに目を向けなければならないのに、なぜか、そうならない。仕方ないから、経理を統括する責任者が自ら聞きまくるしかない。 ▲幸い、私は、経営の中枢部にいたので、いろいろと情報が入ってきた。それを、秘密裡に聞き出し、限られた人数で検討することにしていた。 今は、海の物か山の物かも分からない状態のものを、どこまで、開示すべきか判断することに大変苦労の多いものだ。私のモットーは「行き過ぎた処理でも、原則を無視した処理でもいけない。全ては事実とのバランスを大事にする」ことだった。 ▲2000年から始まった会計のビックバンには、このような、難しい判断を求められるものが、山ほどある。

 

 そんな中で、迎えたのが、「シャープ側から鴻海に通知された偶発債務のタイミング」問題である。 そもそも、偶発債務を認識するには限界があるのは当たり前である。 それを、できるだけ沢山書けと言うのもおかしい。 いらぬ心配はしない・・・と考えてもおかしくない。

それを補うのがデューデリジェンスなのだ。 契約前までにデューデリジェンスを実施するのは当たり前。鴻海もやっているはず。なのに、100項目に及ぶ3,500億円の偶発債務を知らなかったとは考え難い。 それに、追加報告された偶発な債務には「構造改革に必要な退職金」「他社との契約に関する違約金」「政府からの補助金の是正」などが含まれていると言う。 こんなものは、買収によって、新たに発生する債務なのだから、買い手が、確認しなければならないものである。 これが、会計の現場を受け持つ者としての見解である。

 

 実は、私は、中小企業を相手に、幾つかの買収を手がけたが、旧態以前の会計基準を振りかざして、「自分の会社は、こんなに安い評価ではない」と、大声を上げる。

困ったものである。もっと、会計を勉強して欲しいと思う。

そんな思いを込めて、会計ビックバン前の「日本の会計基準」が、いかに用をなさないもであったかを、次回に投稿する。