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僕の山荘はフィンランドからコンテナが届いて始まった。

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 ログの加工が完了し、コンテナへの積み込んでいる様子が、フィンランドから送られて来た。▲小さなログだと思っていたが、あまりにも、物々しい積み込み風景に『いゃあ~、こりゃあ、大変なことをやらかしてしまった』と驚いた。同時に、後戻りできない緊張感が走った。・・・これが、僕の山荘作りの最初の心境であった。

当時、単身赴任で豊川に居たので、勤務地の豊川と自宅の袋井、建築現場の春野の山奥と、3か所を行ったり来たりして、大変忙しかった。▲その忙しさは苦痛ではなかった。むしろ、充実した毎日であった。

少しでも建築費用を節約するために、できるところは自分でやることにした。そうハーフビルドを志向したのである。

戦いは始まった。▲ログは業者に頼み、床、天井、内壁は自分でやった。▲5メートルもある材を、一人で天井に張るのは至極大変だった。片方をセットすれば、片方が垂れる。あわててもう一方の端を持ち上げる。脚立の上り降りは数え切れない。打った釘の数もすごい。内壁は施工方法が分からず、何度もやり直した。・・・悪戦苦闘の末、最後はギブアップ宣言となった。・・・情けない ! 。

 修復にあたってくれた業者が言った。年配の巧は『素人がここまでやるとは大したものだ』と気遣ってくれた。若い巧は『あ~あ、こんなにしてしまっ て! 』と修復の大変さを嘆いた。▲はたして、僕の無謀なチャレンジは、それなりの効果はあったのだろうか。未だに謎である。

そんな物語とは関係なく、このログで飲む一杯の珈琲は最高である。

( 因みに僕のログを作ってくれたのは「ホンカ」と「ネイチャーフィルド磐田」の青野社長さんだ。施工中、僕は殆ど現場に行けなかったが、その丁寧な仕事ぶりは別荘地内でも評判となった。 )